(18)牛丼屋に入ることに抵抗はある?

 吾輩はシステムエンジニアーである。どんな職業であっても体が資本であることは間違いない。健康が問題であるのであれば、まずは仕事をセーブして、健康を問題にしないようにしなければならない。IT業界がブラックと言われて久しく、最近では中小企業でも働き方改革に必死だが、社員の健康を第一に考えるというのは、20世紀から変わってこなかったことじゃないだろうか。それを第一としない会社あるいは組織というのは淘汰されてきたように思う。まずは健康を大事にしてください。(ということで、今回より、クオータリーに代わり、この連載は3ページに増えます。)

 さて、健康の話の続きだが、吾輩は心技体のバランスを保つということを気をつけるようにしている。どれかひとつが満たされていたとしても、いずれかが満たされていなければ、全体のパフォーマンスは一番満たされない要素まで落ち込んでしまう。簡単にいえば、何か不安なことがらがあると、仕事に手がつかないということだ。
我々の世界で「技」の部分は、自分の興味の赴くままに振る舞ったり、新しいテクノロジーにアンテナを張るようにすればある程度は満たされていく。また、今後発展していくテクノロジーを見極めて、それを修得していくことで、面接に行けるオンサイト先が増える。また、興味がない分野であったとしても、生き残っていくために、新しいテクノロジーを身につけるという言い方もある。

 「体」の部分は、その言い方に近いかもしれない。興味の赴くところを自重しなければならない場合もある。乾燥の時期、意外と効果があるのはうがいと手洗いだ。そしてよく寝ること。
とはいえ、いつも納期に追われていたり、プロジェクトの中での自分が欠かせない存在になっている、あるいは、そのような立ち位置に自分を導くということなどで、自然と心地の良い緊張感が生まれているときは、不思議と風邪はひかないものである。「心」の部分はそういった意識の持ち方という面もあるが、職場での人間関係よりも、自分が不安なく生活していけることが一番の課題だと思う。
 そして、「技」の部分には、OSSプロジェクトの英語ドキュメントに書かれていることや、IPAがつくっている体系や、PMBOKに書いてあることの外側をおおっている「ヒューマンスキル」というものも含まれると、吾輩がサラリーマンのときにはそう教えられたが、どうもこの現場には、そんな意識が感じられないのは、こんな時代になっているせいか。少なくとも、もういちどいうが、「少なくとも」「この現場の」ランサースタイルのメンバーにはそのような意識がない。それは、レインボーソリューションのプロパーさんにもそのような意識がないというのも一因だろう。

 昨晩のカレーをあてに呑んでしまいそのまま寝てしまったが、ずっと「3Aの大きめの四画面」のテスト完了がずっとひっかかっており、今朝は二本早い特急に乗れた。人がまばらなオフィスで腕まくりをし、一心不乱にテスト仕様書とエビデンスを整える。この調子であれば、明日には成果物も上がるだろう。朝一番で確認した、浅見さんによる「希望的観測」に基づいた「プロジェクトにとって最適な作業を検討した」スケジュールでは、明日が完了になっている。浅見さん二日ほど押して申し訳ない。明日には確実にあがりそうだ。単月の契約も、もうすぐ半分を過ぎる。いきなり馬鹿でかい画面を充てられたが、生産性のアピールのするのは十分だろう。この調子で来週も頑張れば、単価と延長交渉もできていくようになるかしら。

 自席からは遠い向こうにある高層階の開かない窓に、少し水滴がついてきた。少し雨が降ってきたようなので、折り畳み傘を持って昼食に出る。エレベーターホールに出ると、いつも自席でお弁当を食べている里見さんが下行きの五号機を待っていたのに気がついた。彼女の現在の勤怠は通常運転に戻ったが、例の一件があったこともあり、会話は少し避けていたところがあるが、彼女の担当画面が吾輩のそれと関係のある「3Aの小さ目の数画面」であるから、少しコミュニケーションをとろうとひらめく。

「あらっ。里見さん、今日はお弁当じゃないんですか。」
「ええ、ちょっと今日寝坊してしまって。社食も口に合わないので外に出ようかと。雨降ってますけど。」
 ばつが悪そうにボソボソとしゃべるさまには、ああ彼女はこんな顔をするんだと新鮮な驚きを感じつつ、
「そうですか。僕もいつも外なんですよ。ああ、そうだ。今日は私、牛丼の気分なんですけど、一緒にどうですか。ああ、女子は牛丼屋入ることに抵抗ありますかね?」